渡辺美波の年収は?出演したCM、ドラマ、映画一覧。年齢や身長のプロフィールなど

浜辺美波さんは2000年8月29日生まれ、石川県出身。 家族構成は父親、母親、弟の4人家族。 小さい時は両親が共働きで家にいる機会が多くて、家で読書をすることが多かった物静かな子供だったんだとか。 好物はお寿司で子供のときに両親につれてってもらった回転寿司に行ったことがきっかけで、お寿司が大好きになりました。当時好きな寿司ネタは卵とねぎとろ。ちなみに当時の将来の夢は歯科医さん。 美味しいものいっぱい食べるためには歯は大事ですからねー。 小学校は石川県津藩町立城南小学校。 読書好きで物静かでありながら、責任感が強く小学校の学級委員長を務めるほど責任感が強い生徒。自分から積極的に行動できるタイプで学級委員長の他、クラブ長やその他の活動も掛け持ちするほど活発でした。 芸能界入りのきっかけはオーディション! 「第7回 東宝シンデレラオーディション」 小学校5年生のときに応募して、ニュージェネレーション章を受賞し、芸能界入り。めざましテレビのエンタメニュースでも取り上げられていたので、見覚えがある方はいるんじゃないでしょうか? 応募したのは渡辺美波さん自身ではなく母親で、渡辺美波さん自身は芸能活動は特に興味がなかったものの、応募したのが受かってしまい後ろに引けない状況になってしまったため仕方なくオーディションに向かったんだとか。 覚えてますか? 渡辺美波の責任感の強さ。学級委員長やクラブ長、その他の活動を掛け持ちできる能力と責任感の強さ。 興味のなかったオーディションや芸能活動ですが、一度関わったらそのことに対して真面目に真剣に本気で取り組む渡辺美波さん。 オーディションでは歌やダンスを披露し審査にかけられますが、渡辺美波さんはダンスが苦手。そもそも運動が苦手。 歌の練習もしましたが周りは彼女よりも年上のお姉さんばかりで声がしっかり出ている人が多かった。渡辺美波さんは小学生ながらに「今のままではヤバい」と思い、みんなの倍練習してダンスも練習してみんなに追いつくことが出来ました。 その年の11月。 東宝シンデレラオーディションでファイナリストに残ったメンバーを中心に作成さた映画「空色物語 アリと恋文」で女優デビューを果たしました。 中学校は石川県金沢錦丘中学校。 11歳の頃から芸能界デビューしているので、中学生の時は地元の石川県の学校から仕事で東京に行くのを何度も繰り返していたが学業が疎かになることはなく、吹奏楽部の部活に所属しフルートで市が開催する大会に出場するほど。 楽譜が読めなかったのに大会に出場出来た方法 渡辺美波さんは吹奏楽部でありながら楽譜が読めなかったそうです。しかし、市の大会に出場するほどの腕前があった。 どうやったと思います?友達につきっきりで教えてもらった?耳コピした?渡辺美波さんの動きに合わせてもうひとりの奏者が別の見えないところから演奏した? 答えは… YouTube とにかくフルートのYouTubeを見まくって、それに合わせて手を動かして音を出せるようにして、リズムやテンポを合わせて何とか形になるように練習して市の大会に出場できるほどに仕上げたそうです。 ここまでの渡辺美波さんの特徴として、とにかく責任感が強い。今できないことでも諦めずに練習して出来るようになる。出来る方法を探し続ける。 とにかく責任感が強くて粘り強くて諦めが悪い。 しかし責任感が強くて粘り強くて諦めが悪い渡辺美波さんですが、中学生の時には「長」になるのを好まないように。 小学校の時は学級委員長、クラブ長、その他の多方面でリーダー的役割を自ら受けていたが、東宝シンデレラオーディションに受かり、芸能界デビューすることで石川県と東京を往復するようになり「長」を務めることが出来なくなったから。 責任感が強くて粘り強くて諦めが悪い渡辺美波ですが、「出来ることはやる、出来ないことはやらない」としっかり線引が出来るからこそ無理しているように見えて実は自分の体調をしっかり考えていることが分かりますね。 アニメドラマ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」で女優として一気に注目! 2011年 フジテレビで放送された全11話のアニメドラマ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」 2015年に実写版で主人公の幼馴染のメインヒロインの本間芽衣子(めんま)役を務めることに。 天真爛漫で元気で明るい彼女だったがある日川の転落事故でなくなり、家族や友達などにトラウマを与えてしまう。 その後主人公高校生に進学したある日、霊的な存在として現れるように。めんまは主人公以外には見ることが出来ないが、ある場所でのみ文字を書くことが出来てそれを利用してコミュニケーションを取るようになります。 最終的には主人公以外の複数の人間に見えるようになるのですが、それは作品最後のドラマチックな素晴らしいシーンになっているので、ぜひ見てみてください。 この難しく人気の高いキャラクターを務めきったことで渡辺美波さんの女優としての評価がとても高いものになりました。渡辺美波自身、この作品が女優としてのターニングポイントだったそうです。 アニメ版で高い人気を誇り、主題歌の「Secret base〜君がくれたもの〜」は1550万回を超える再生回数を記録しているのでぜひ今すぐご視聴ください。 高校は堀越学園 数多くの芸能人を輩出している学校で有名。 中学を卒業するタイミングで地元の石川県から上京し、役者としてもっと活躍するために堀越学園に進学し芸能コースに進学。 しかし渡辺美波さんはかなり合理的な方のようで、学校に行ったのは単位をとって卒業することを目的としていたようです。 学校行事にはほとんど参加することなく、授業もあまり真剣に受ける気はなく、「単位が取れればそれでいい」くらいの気持ちで授業を受けていたようです。今振り返ると、もったいなかったと思っているんだとか。 とにかく責任感が強くて粘り強くて諦めが悪い渡辺美波さんからはあまりイメージ出来ませんよね。 一方で仕事の方は一生懸命でドラマや映画のメインキャラクターや主役級の役を任されることが多くなりました。 高校生時代に出演したドラマや映画、CMの一覧がこちら↓↓↓ 映画 ・咲ーSakiー 2017年 宮永咲役 ・君の膵臓をたべたい 2017年 山内咲良役 ・センセイ君主 2018年 佐丸あゆは役 ドラマ ・咲ーSakiー 2016年 宮永咲役 ・賭ケグルイ 2018年 蛇喰夢子役 […]

田中みな実の年収は?発売した写真集の売り上げ部数がすごい事に!インスタのアカウントを消したのは本人の意思だったのか?

田中みな実さんは1986年11月23日生まれで、埼玉県朝露市出身です。 家族構成は父親、母親、姉、弟の5人家族。 生まれたのはアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ですが、出身は埼玉県。 アメリカ生まれのため『エイミー』というミドルネームがあります。 ミドルネームをつける義務は特になく、つけてもつけなくても良かったのですが、父親の提案で『つけられるならつけておこう』となり、知人女性名の名前をいただく事になりました。 小学生の時は日本の学校やロンドン、サンフランシスコなどの学校を転々としていました。 父親の仕事がメガバンクの役員だったため父親の都合によって住む場所や学校が異なっています。 しかし中学校は日本の学校に入っています。その前準備としてか、6年生の時に日本に帰国していますね。 中学校は東京都大妻中学校。 偏差値67と難関学校のため田中みな実さんの頭の良さがわかるでしょう。 頭だけでなく運動の方も得意で中学校時代には器械体操の部活に所属していました。 また帰国子女なだけあって英語力も抜群。学校の英語の授業は困らなかったでしょうね。 高校は東京都大妻高校。中高一貫校でした。 同校は東京都の千代田区の中でも一等地にあり『日本一地価の高い高校』と呼ばれています。 ここの校訓は『恥を知れ』というものでかなり厳しいのが特徴。 大妻高校の教育方針として『自律と自立の精神』を育む狙いがあります。 『自分で考え行動し、主体的に物事に取り組む』ことが出来る人間を育てる。 中高一貫の理由も2年ごとにカリキュラムが組み込まれており6年間を通して教育してく流れになっています。 中学1~2年生で基礎学力を定着させる期間として、全ての学力をバランス良く向上させる教育を行います。 中学3年~高校1年が充実期といって、各個人が自分の将来や未来に対して現時点で何をしたらいいか考え、それに沿った学習を行う時期になっています。 高校2年~高校3年が発展期と言って、『国公立・私立』『文系・理系』によって類型化された勉強をしていきます。英語の授業について進んでいる人は『発展』そうじゃ無い人は『標準』クラスが用意されています。 中学校で基礎的なことを学びそこから自分のやりたいことや目指すべきことを考える期間を設けた事により、高校卒業時に進路に困る事はなさそうですね。 中学時代から一人でいることが多かった田中みな実さん。友達はいたんだが… 中学の頃から始めた器械体操は高校生の時も続けていて、高校3年生の頃にはキャプテンを務めていました。 器械体操部では友達はいたが、彼女自身が群れることを嫌うため教室では一人でいることが多かったです。 学校の昼食時でもクラスのみんなと机を向い合わせてご飯を食べるのが嫌で部活の『昼練習』という名目でひとりで体育館の裏に行き、そこでご飯を食べていました。 田中みな実さんの考えとして『群れなくても生きていける。周りに同調したところで自分がよくなるとは思えない。出る杭はどうせ打たれるんだからどんどん出る』 可愛い顔だが心に一本芯が遠ている感じがしますね。 一方友達付き合いの少ないが男性からはよくモテていました。 通っていた塾で男子から連絡先の書かれた紙をいただいたり、喫茶店で勉強をしていたら大学生の方からマカロンの差し入れとお手紙をいただいたことがあるんだとか。 頭脳明晰で部活のキャプテンをしていてモテるなんて神様はいろいろ与すぎじゃ無いでしょうか? 大学は青山学院大学の文学部英米学科。 この学科は同校無いで最難関の学科でいわゆる学校の看板的存在でした。 アナウンサーを目指すきっかけは学校の先輩の小川彩佳さんに憧れたからです。 大学入学後テニスサーク『ELLE エル』に所属した田中みな実さんは高校時代とは一変し、サークルで活発に活動していました。 同サークルに小川さんも所属しており、マドンナ的存在でした。 小川さんがアナウンサーの道に進むことを知った事でその仕事に興味を持ち、同じ道を進むことを決めています。 大学時代もモテモテだった田中みな実さんは大学3年生の時に『ミス青山コンテスト』に出場して、準ミスに輝きました。 当時からメディアの露出が増えてきており、ファッション雑誌やポスターのモデルとして活動しており大学4年生の時には『週間ヤングジャンプ』のグラビアに登場しています。 大学時代はサークルやモデル活動、グラビア、文化祭や勉強など人生で一番楽しい時期を送れたようですね。 その後アナウンサーになり写真集を出せば異例の売上部数を突破しアイドルやタレントさんを抜いてトップに躍り出る事に。 大人気だったインスタをやめた理由なども含め! 田中みな実さんの気になる年収を徹底調査しました!! ■プロフィール 本名:田中エイミーみな実 愛称:みなみん、みなちゃん 生年月日:1986年11月23日 出身地:埼玉県朝露市(アメリカは出生地) 血液型:A型 身長:153CM 職業:フリーアナウンサー、タレント、モデル 活動期間:2009年〜 ■女性アナウンサーの写真集としては異例の売り上げ部数 田中みな実1st写真集『Sincerely yours…』 […]

黒木メイサの年収は?夫は元KAT-TUNの赤西仁!?お父さんはハーフ!?

黒木メイサさんは1988年5月28日生まれで、沖縄県名護市出身です。 家族はお父さん、お母さん、3人のお姉さんに、メイサさんの6人家族です。 メイサさんは4姉妹の末っ子ということになります。 お父さんはは米軍所属のブラジル系アメリカ人と日本人のハーフ。 お母さんは日本人のため、黒木さんはクォーターとなります。 黒木さんのお父さんは、残念ながら2009年に急性白血病で亡くなっています。 享年59歳だったそうです。 黒木メイサさんの実家は、沖縄県名護市辺野古にあります。 普天間飛行場の移転先候補地になっているところです。 黒木メイサさんの出身小学校は地元の沖縄県名護市立久辺小学校。 また、黒木メイサさんの出身中学校も地元の名護市立久辺中学校です。 黒木メイサさんは10歳の時に、ジャネット・ジャクソンに憧れてダンスを始め、沖縄アクターズスクールに通います。 中学に入学する頃には、黒木さんはストリートダンスの虜になります。 ちなみに、中学時代の黒木さんの夢はダンスのインストラクターでした。 黒木さんが芸能界に入ったきっかけは、中学2年生の時に、沖縄に来ていたスカウトの人にすぐ上のお姉さんが声をかけられ、黒木さんが写っているプリクラを見せたところ、「この子に会いたい」と家まで押しかけてきて、芸能界入りを勧められたことによります。 その後1年間は断り続けていましたが、中学を卒業後15歳で上京して、同じ芸能事務所に所属する若手女優たちと寮生活を送ります。 女優の堀北真希さんは、その時同じ寮にいた友達で、黒木さんとは今でも仲が良いです。 2人のマネージャーが同じ人物だったこともあります。 上京した黒木メイサさんは日本女子体育大学付属二階堂高校に進学。 日本女子体育大学付属二階堂高校は偏差値40で芸能人御用達校として知られています。 頑固で負けず嫌いの性格! そんな黒木メイサさんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:赤西さつき(あかにし さつき)(旧姓島袋さつき) 生年月日:1988年5月28日 出身地:沖縄県名護市出身 血液型:A型 職業:女優、モデル、歌手 活動期間:2004年-       ■できちゃった婚で女児を出産! 2004年(平成16年)、女性ファッション雑誌『JJ』(光文社)にモデルとして登場するようになります。 同年2月には、つかこうへいさん演出の舞台『熱海殺人事件・平壌から来た女刑事』にいきなり舞台初出演して主役を務めました。 同年「めだか」でテレビドラマ初出演。 2005年に「同じ月を見ている」で映画初出演。 翌年の「着信アリFinal」で映画初主演。 2007年(平成19年)第44回ゴールデン・アロー賞(2006年度)新人賞を受賞。 翌2008年(平成20年)6月からは、女優に加えて歌手としての活動も始めています。 その後も「ある愛の詩」や「男装の麗人」などのSPドラマで主演を果たし、2011年には「ジウ警視庁特殊犯捜査係」で連ドラ初主演。 2012年(平成24年)2月2日に元KAT-TUNの赤西仁さんと結婚したと、同年2月9日に所属事務所を通じてファクスで発表されました。 発表当日のスクープ記事に対応する形で公式発表され、また『スポーツニッポン』等では黒木さんが妊娠2か月であると報道されていました。 いわゆる「できちゃった婚」です。 会見などは特に行っていません。 結婚報道から、2か月以上過ぎた同年4月14日に、所属事務所から妊娠4か月であることを正式発表。 報道各社に直筆のファクスを送信しました。 2012年9月23日午後、夫の赤西さん立ち会いのもと第1子となる女児を出産。 当日夜、夫婦連名のFAXで、第1子の誕生を報告します。 結婚時には披露宴などは行われませんでしたが、2016年に結婚パーティーを行ったことが報じられました。 2016年(平成28年)11月26日第2子妊娠を報告。 2017年(平成29年)6月7日第2子の男児の出産をTwitterで報告しています。 赤西仁さんとは仕事を通じて面識があり、赤西さんのロサンゼルス留学中も黒木さんがホームシックになっていた赤西さんを励ましていたと言われています。 そもそもの交際のきっかけは、2011年秋頃に友人を介した食事会でした。 2012年に長女が誕生。 赤西さんはジャニーズ事務所も退所して「ヒモ状態」と報道されるなど、離婚間近では?とも言われていましたが、イクメン姿の報道もあったり、2017年6月には第二子である長男も誕生しており、黒木さんが赤西さんのパパぶりを話すこともあることから、円満な関係が続いていることがわかります。 黒木メイサさんは見た目からもイメージされるように、ガンコで負けず嫌いな性格。 […]

香里奈の年収は?結婚は!?ガンダム遊びをしていた!?

香里奈さんは1984年2月21日生まれで、愛知県名古屋市出身です。 家族は、お父さん、お母さん、お姉さんが二人と香里奈さんの5人家族です。 香里奈さんは3姉妹の末っ子です。 香里奈さんの出身小学校は名古屋市立汐路小学校。 子供の頃はお人形遊びよりも、ガンダム遊びの方が好きでした。 得意のクラッシックバレエは3歳の頃から始めています。 香里奈さんの出身中学校は、名古屋女子大学中学校です。 名古屋市内の松岡怜子バレエ団に入団して、中学校時代はクラシックバレエに打ち込んでいます。 香里奈さんの出身高校は、名古屋女子大学高校です。 高校時代は、安室奈美恵さんが大好きでアムラーでした。 安室さんの真似をして厚底ブーツを履いたり、メッシュにしたりしていました。 一番上の姉の能世あんなさんがファッションモデルとして活動していたことから、「面白いかな」と思って芸能事務所に所属します。 2000年にファッション雑誌の「Ray」の専属モデルとして芸能界デビュー(2014年に卒業)。 2001年にテレビドラマ「カバチタレ!」で女優デビュー。 まだその頃は、名古屋を拠点にしていたので、仕事の度に上京する生活でした。 そのためテレビドラマ「ロングラブレター」に出演する程度でした。 香里奈さんの出身大学は、名古屋女子大学短期大学部。 2002年に所属事務所の移籍に伴って上京し、短大は半年で中退しています。 同じ年フジテレビのビジュアルクイーンに起用され、全国的な知名度が大幅に上昇しました。 自身は男っぽい性格で、家庭的な男性が好き! そんな香里奈さんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:野瀬香里奈(のせ かりな) 生年月日:1984年2月21日 出身地:愛知県名古屋市出身 血液型:A型 職業:女優、ファッションモデル 活動期間:2000年-       ■「日本映画批評家大賞」の新人賞を獲得! 2005年には『KARINA』と題した初の写真集を発売。 2007年に「東京ガールズコレクション」のランウェイに初登場し、以後連続出場、このファッションイベントに「欠かせない“顔”」と呼ばれる存在となっていきます。 2008年には『I can.』と題した初のフォトエッセイを発売。 翌2009年3月に新ファッション誌『GINGER〔ジンジャー〕』が創刊すると、山田優さんや竹下玲奈さんを含む5名とともに主力モデルとして登場開始。 以降、同誌にレギュラー登場で、その創刊号でさっそく表紙に登場します。 2011年には3冊目となる写真集『One.』を発売。 2014年にはそれまで14年間にわたって務めた『Ray』の専属モデルを卒業。 女優としては2004年に『ディビジョン1』(フジテレビ)でドラマ初主演。 さらに『深呼吸の必要』で映画初出演にして主演を果たし、翌2005年度「日本映画批評家大賞」の新人賞を獲得。 2008年にTBS系ドラマ『だいすき!!』で連続ドラマ初主演。 翌2009年にも3作の連続ドラマに主演級の役柄で出演するに至ります。 2010年には『ラブコメ』で6年ぶりの映画主演。 さらに2011年にはフジテレビ系のドラマ『私が恋愛できない理由』で「月9」枠ドラマへの初主演。 以後も、『PRICELESS』(2012年・フジテレビ)や『SUMMER NUDE』(2013年・フジテレビ)などのテレビドラマに出演。 かねてよりニッセンのイメージキャラクターを担いテレビコマーシャルに出演。 2005年資生堂の化粧品ブランド「化粧惑星」のイメージモデルへ。 続く2006年には資生堂「TSUBAKI」のテレビコマーシャルに出演した広末涼子さん、吹石一恵さん、黒木メイサさん、および相沢紗世さんの4名とともに全日本シーエム放送連盟の賞を受けています。 ファッションや美容以外のものでは、2008年に幻冬舎文庫からのキャンペーンキャラクター起用を受けその夏季ポスターに登場。 2010年からアサヒビールの新カクテル飲料「ダブルゼロカクテル」のイメージモデルとなって同製品のテレビコマーシャルに出演。 2012年には東京シティ競馬からのキャンペーンキャラクター起用がありました。 香里奈さんは、俳優の田中圭さんと、ドラマ『僕の歩く道』で初共演しており、その後も度々ドラマや、映画で共演するうちに、交際へと発展したと言われています。 特に、香里奈さんの主演映画『ラブコメ』で意気投合したそうす。 飲食店で、食事をする様子が度々目撃されており、ネット上では路上キスの動画が出回るなど、大きな話題にもなりました。 […]

松嶋菜々子の年収は?夫の反町隆史は良いパパ!?身長が高いのがコンプレックス!?

松嶋菜々子さんは1973年10月13日、神奈川県横浜市の出身です。 実家の家族構成は、ご両親とお兄さんと菜々子さんの4人家族です。 お父さんは東証一部上場の工作機械メーカーのサラリーマンだったそうです。 実家は神奈川県座間市にあります。 松嶋菜々子さんの出身小学校は横浜市立矢向小学校です。 小学生までは横浜市鶴見区で育ち、その後デビューまで座間市で過ごしています。 小さい頃は目が悪くて、眼鏡を手放せない状態でした。 小学校の時は兄の影響で、ピアノを習っていました。 また、小学校6年生の時に、松嶋菜々子さんは既に身長156㎝もありました。 当時は背の高いことがコンプレックスになっていたようです。 松嶋菜々子さんの出身中学校は相模女子大学中学部です。 相模女子大学中学部は偏差値48の中高一貫校です。 中学校時代の松嶋菜々子さんはソフトボール部に在籍していました。 松嶋菜々子さんは、中学時代の自身について、「とんでもなくシャイだった」と語っています。 当時、バスに乗車していても降車ボタンが押せず、誰かが降車ボタンを押すのを待っていたそうです。 降りたいバス停で誰も降車ボタンを押さなかった場合はそのまま乗り過ごしました。 そして、次に誰かが降車ボタンを押した停留場でおり、歩いて戻るということを繰り返していたと述べています。 松嶋菜々子さんの出身高校は相模女子大学高等部です。 相模女子大学高等部の偏差値は特別進学コースが62、一般コースが54です。 同校はスポーツが盛んで、バスケットボール部やソフトテニス部が強豪として知られています。 松嶋さんは高校時代は書道部に所属していました。 長身のため学生時代は走ることは得意だった松嶋菜々子さんですが、走る以外のスポーツは苦手でした。 高校入学時には身長がすでに168cmもありました(現在は172㎝)。 松嶋菜々子さんは高校時代に街でスカウトされ、モデルになったことが芸能界入りのキッカケとなりました。 ちなみに、スカウトされた場所は小田急線・登戸駅周辺だったとのこと。 そして18歳の時に旭化成水着マスコットガールに選ばれ、芸能活動をスタートします。 芸能活動に専念するために、松嶋菜々子さんは大学へは進学しませんでした。 言いたいことははっきり言って、意見を通す! そんな松嶋菜々子さんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:野口奈奈子(のぐち ななこ)(旧姓松嶋奈奈子) 生年月日:1973年10月13日 出身地:神奈川県横浜市出身 血液型:A型 職業:女優、ファッションモデル 活動期間:1991年-       ■夫の反町隆史さんは、育児に家事に協力的! 1992年18歳から女性ファッション誌『ViVi』の専属モデルを務め、第17代『旭化成せんいキャンペーンモデル』に選ばれます。 1996年NHKの連続テレビ小説『ひまわり』のヒロイン役に抜擢。 1997年松下電工(現パナソニック)のCMイメージキャラクター「きれいなおねえさん」の2代目を務め、好感度No.1女優になっています。 1998年映画『リング』で映画初主演。 ドラマ『Sweet Season』(TBS)で民放連続ドラマ初主演。 ドラマ『GTO』(関西テレビ)の冬月あずさ役で人気を博します。 ドラマも大ヒットとなりました。 1999年3本の連続ドラマ(『救命病棟24時』(フジテレビ)、『魔女の条件』(TBS)、『氷の世界』(フジテレビ))に出演。 2000年8月に3夜連続で放送されたスペシャルドラマ『百年の物語』(TBS)に主演し、平均視聴率29.6%を獲得。 『やまとなでしこ』(フジテレビ)でも30%越えを達成しました。 2001年テレビドラマ『GTO』で共演した俳優、反町隆史さんと結婚。 2002年NHK大河ドラマ『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』に唐沢寿明さんとダブル主演。 2004年2月に妊娠が公になり女児(第1子)を出産。 その後、8月には住友生命のCMで活動再開。 2005年1月スタートのドラマ『救命病棟24時』で本格的に女優復帰。 11月にドラマ・コンプレックス『火垂るの墓- […]

若月佑美(乃木坂46)の年収は?高校はお嬢様学校!?卒業後は何してる?

若月佑美さんは1994年6月27日生まれで、静岡県富士市出身です。 家族はご両親とお兄さんとお姉さんと佑美さんの5人家族で、佑美さんは3人兄弟の末っ子です。 お兄さんとお姉さんといつも一緒に遊ぶほどの甘えん坊でした。 若月佑美さんは、富士市内の公立小学校を卒業しています。 小学校時代は非常に成績が良く、たいていクラスで1、2番でした。 また運動神経も良く、足も速かったのでリレーの選手にも選ばれました。 小学校時代は学校行事などで実行委員に選ばれることも多く、責任感の強い生徒だったようです。 小学校2年生の時からクラシックバレエを始めています。 また、若月さんは現在でも二科展に入選するなどの腕前ですが、お祖父さんが美術の先生だったこともあって、幼稚園の頃から絵を描き始めています。 小学校時代は「天才てれびくん」の影響で、モデルを夢見ています。 若月佑美さんの出身中学校は、静岡雙葉中学校です。 カトリック系の私立の女子校で、不二聖心女学院中学校と並んで地元では古くから「お嬢様学校」として知られています。 若月さんは中学時代には美術部に所属する傍ら、絵画教室に通って水彩画を習っていました。 当時は芸能界に進むことはまったく考えておらず、中学時代の目標は美大に進学することでした。 若月さんは高校は静岡雙葉高校に進学しています。 出身中学校の系列校の女子校で、1903年創立の完全中高一貫校です。 高校での募集はなく、若月さんは内部進学をしています。 この高校はミッションスクールで英語教育に定評があるので、英語を重視する上智大学への合格者が多いことが特徴です。 高校時代は美術部と演劇部に在籍しており、当初は美大への進学を目指していました。 しかし、美術部に優秀な生徒が多かったことから自分の才能に疑問を感じて、高校2年生の時に小学校時代の夢だったファッションモデルになることを目指します。 ちょうどその頃、乃木坂46のオーディションを知り、どうせそれなりに生きるなら大きなチャレンジをしたらいいのではないかと思い受けました。 絵画が得意で、二科展に入選! そんな若月佑美さんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:若月佑美(わかつき ゆみ) 愛称:みゅうみゅう、わか、若様、ワカツキ、ゆみちゃん 生年月日:1994年6月27日 出身地:静岡県富士市出身 血液型:O型 職業:歌手、女優、モデル 活動期間:2011年-       ■さばさばしているが、寂しがり屋で甘えん坊! 高校2年生の夏休み2011年8月21日乃木坂46の1期生オーディションに合格。 オーディションではSONOMIの「一人じゃないのよ」を歌いました。 その後、通っていた学校が芸能活動を厳しく制限していたことから、静岡県の高等学校から東京都の高等学校へ転校しています。 2011年中学3年生の時から交際していた年上の男性とのプリクラ写真が2度にわたり流出して年内の活動を自粛しています。 2012年1月5日乃木坂46の活動を再開。 2012年2月22日乃木坂46の1stシングル「ぐるぐるカーテン」のカップリング曲「左胸の勇気」「乃木坂の詩」でCDデビューを果たしました。 2012年9月5日『第97回二科展』のデザイン部A部門で芸能人として初入選。 2012年10月15日、『Futureしずおか』(静岡新聞社)の公式サポーターに就任。 2013年3月高等学校を卒業。 2013年4月6日『BAD BOYS J』(日本テレビ)でテレビドラマに初のレギュラー出演を開始。 2013年5月『16人のプリンシパル deux』で主要十役を制覇。 2013年9月4日『第98回二科展』のデザイン部A部門で再入選。 2014年9月3日『第99回二科展』のデザイン部A部門・C部門の2部門で入選。 2014年9月21日『乃木坂って、どこ?』の「乃木坂46 画王決定戦」で日村勇紀をデッサンしてベスト3に選ばれています。 2015年1月10日乃木神社で成人式を迎えました。 2015年7月11日-9月26日、テレビ東京系テレビドラマ『初森ベマーズ』にイマドキ役で出演。背番号4。ポジションはファースト。 2015年9月2日『第100回記念二科展』のデザイン部A部門(自由テーマ・ポスター)で入選。 2016年『第101回二科展』のデザイン部A部門で入選。 […]

西野七瀬(乃木坂46)の年収は?出身はどこ?びっくりするほどの泣き虫って本当!?

西野七瀬さんは1994年5月25日に大阪府に生まれています。 家族はご両親とお兄さんと七瀬さんの4人家族です。 名前を付ける時、お母さんは「椎菜」という名を考えていましたが、お父さんが「七瀬」という名を考えていて、「七瀬」になりました。 西野さんは子供の頃からまったく泣かない、手のかからない少女でした。 お風呂で溺れた時も泣き叫ばず、湯船に沈んでいたというエピソードがあります。 幼少期から活発で、外で遊ぶのが好きでした。 小学校に上がると「かしこまった」と語っており、おとなしく控えめな性格になったそうです。 小学校時代はサッカー部に入部したこともありました。 小学生の頃から漫画が大好きで、絵を描くのが大好きでした。 「小さい頃からしょっちゅう描いていました。何か紙を見つけては描きまくって。家の壁にもたくさん落書きがあるんですけど、ちょっと成長してからお母さんに「なんでこの家にしたん?」と聞いたことがあって、その家は新築じゃなくて、中古だと思ってたんです。そうしたら「それ全部あんたがやってんけど」と言われて(笑)、それくらい絵を描くのが好きだったみたいです。」と話しています。 小学校時代は、将来は漫画家かイラストレーターになりたいと思っていました。 中学時代は友達が少なく、本人も「暗黒」と呼んでいます。 クラスに友達がなく、休み時間にはやることがなくて寝ていました。 男子とはまったく話をせず、「話しかけないでオーラ」を出していたそうです。 高校は府立松原高校に進学しています。 西野さんはお母さんに看護師になることを勧められて、看護の授業のある同校を選びました。 高校2年生の時に、これまたお母さんの勧めで、乃木坂46の第1期のオーディションを受けています。 2011年8月21日オーディションでは新垣結衣さんの「赤い糸」を歌い、見事38,934名の中から第1期生に選ばれています。 大阪から週末に上京する生活を送っていましたが、それも大変になり単身で上京し高校2年生の11月に日出高校に転校しています。 大学は、芸能活動に専念するために、進学していません。 びっくりするほどの泣き虫! そんな西野七瀬さんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:西野七瀬(にしの ななせ) 愛称:なぁちゃん、ななせまる 生年月日:1994年5月25日 出身地:大阪府出身 血液型:O型 職業:歌手、女優、モデル 活動期間:2011年-       ■特技は漫画、絵を描くこと! 高校2年だった2012年2月22日、乃木坂46の1stシングル「ぐるぐるカーテン」でCDデビューを飾った時に、いきなり選抜メンバーに起用されています。 2013年3月、転校先の高校を卒業。 2013年、ドラマ「マナ」で女優デビュー。 2014年4月2日発売の乃木坂46の8thシングル「気づいたら片想い」でシングル表題曲で初のセンターに抜擢されました。 2015年1月7日乃木坂46の1stアルバム『透明な色』に収録されている「ひとりよがり」で初のソロ曲を務めます。 2015年1月10日乃木神社で成人式を迎えました。 2015年2月19日ファッション誌『non-no』(集英社)の専属モデルを務めることが発表されます。 乃木坂46としては白石麻衣さん、齋藤飛鳥さんに続き、3人目の専属モデルとなりました。 2016年9月27日ソロ写真集『風を着替えて』(集英社)を発売、オリコン2016年年間ランキングの写真集部門で1位を獲得します。 2017年3月4日『第3回カバーガール大賞』(カバーガール大賞実行委員会)のエンタメ部門を受賞。 2017年11月14日2018年1月から始まる「土曜ドラマ24 『電影少女 〜VIDEO GIRL AI 2018〜』」(テレビ東京系列)にソロで初主演することが発表されました。 2018年5月9日初のフォトブック『わたしのこと』を発売。 2018年9月20日自身の公式ブログで年内の活動をもって乃木坂46から卒業することを発表しました。 22ndシングル「帰り道は遠回りしたくなる」で『第69回NHK紅白歌合戦』に出場し、乃木坂46として最後の音楽特番の歌唱を行い卒業しました。 2019年2月24日、京セラドーム大阪で開催された『乃木坂46 7th YEAR BIRTHDAY […]

前田亜美(AKB48)の年収は?濃い眉毛がチャームポイント!?ディズニー好きが高じて!?

前田亜美さんは1995年6月1日に東京都に生まれています。 家族は、ご両親とお姉さんと妹さんの5人家族です。 生まれた時から眉毛が生えていて、両親も思わず「まゆ」と名付けようと思ったそうです。 3人姉妹の次女。 左右対称の字で「偏る事なく、全てに優しく思いやりのある子になるように」という思いを込め、母と姉の名前から取り「亜美」と名付けられました。 前田さんの出身校は中学が地元の小平市立小平第六中学校、高校が晃陽学園高等学校です。 中学は柔道の指導で定評があった時期もあり、藤坂兄弟など全国レベルの選手を輩出した中学でもあります。 高校は通信制の高校ですが、芸能人が多く在籍していた高校でもあり、先輩にあたる元AKBの前田敦子さんや板野友美さんもここの高校の卒業生という情報もあります。 また、前田敦子さん以外にも菊地あやかさん、たかみなさん、多田愛佳さん、柏木由紀さん、河西智美さんなどもこの高校の卒業生です。 AKB48に入る前に、街でスカウトされ、面接を受けましたが、散々ダメ出しをされて、落とされたことがあります。 小学校の頃は、太い眉毛が原因で、イジメられたこともありました。 13歳でAKB48のオーディションに応募しますが、もともと女優志望だった為、歌の審査では苦労したそうですが、楽しく笑顔を意識して歌いました。 プロデューサーの秋元康さんからは、「眉毛が良い。良い物を持っている。そのまゆ毛は、ずっとそのままでね」と褒められ、剃ることが出来なくなりましたが、ファンからは「まゆ毛が好き」と言われたり「まゆ毛で覚えた」と言われ、太い眉毛こそ、自分の個性であると気付いたそうです。 ファンから「まゆげの子」などと呼ばれることに対しても、「名前が覚えられなくたってまゆげで覚えてもらえるっていいことだよね」と語っています。 濃い眉毛で忘れられない顔! そんな前田亜美さんの気になる年収を徹底調査しました! ■プロフィール 本名:前田亜美(まえだ あみ) 愛称:あーみん 生年月日:1995年6月1日 出身地:東京都小平市出身 血液型:O型 職業:歌手、女優、モデル、アイドル 活動期間:2008年       ■ディズニー好きが高じてディズニーの情報番組のレギュラーに! 2008年12月第7期研究生オーディションに合格。 2009年8月23日『AKB104選抜メンバー組閣祭り』において、正規メンバーへの昇格とチームAの所属となることが発表されます。 2010年7月27日A6th「目撃者」初日公演に出演。 9月21日19thシングルの選抜メンバーを決める第1回じゃんけん大会では、5位となり初選抜。 2011年4月30日ティーン向け雑誌『ラブベリー』(徳間書店)の専属モデルになることが本人のブログで明らかになりました。 2011年6月9日第3回総選挙では37位にランクイン。 2012年8月24日「AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~」での「組閣」(チーム再編)において、大島チームKへの異動が発表されました。 10月29日A6th「目撃者」千秋楽公演に出演します。 11月1日大島チームKとしての活動開始。 チームKウェイティング公演初日に出演。 2014年1月1日、所属していた芸能事務所フロスツゥーから、AKSへ移籍。 2月12日チームKウェイティング公演終演。 2月24日「AKB48グループ大組閣祭り~時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!~」において、高橋チームA(第2期)へ異動することが発表されます。 4月25日チームA 5th Stage「恋愛禁止条例」リバイバル初日公演に出演します。 2015年3月26日「AKB48春の単独コンサート~ジキソー未だ修行中!~」での「春の人事異動」において、引き続きチームAに所属することが発表されます(チームとしては横山チームA(第2期))。 8月23日チームA 5th Stage「恋愛禁止条例」リバイバル公演 千秋楽に出演。 10月16日田原総一朗さん「ド~なる?!ド~する?!AKB48」初日公演に出演。 2016年4月23日チームA 7th Stage「M.T.に捧ぐ」公演に出演。 […]