さかなクンは東京都で生まれて、神奈川県綾瀬市に育っています。
綾瀬市立北の台小学校、綾瀬市立北の台中学校、神奈川県立綾瀬西高等学校を卒業しました。
さかなクンは子供の頃から絵を描くのが大好きで、漫画家の水木しげるさんの作品を描いていました。
小学生の時、友達が描いたタコの絵に感動し、実物が見たいとお母さんに頼み、タコを一匹買ってもらいます。
さかなクンがタコを描きたがっていたので、その日から毎日一カ月間、お母さんは味を変えてタコの料理を出したそうです。
タコに始まり、魚が大好きになったさかなクンは、毎週のように水族館へ行き、水槽の前でじっと魚を観察していました。
さかなクンのお母さんというのは「興味のあること」をとことんやらせるという姿勢で、「気の済むまで眺めていなさい。」と見守っていたそうです。
さかなクンは中学生3年生のときには、学校で飼育していたカブトガニの人工孵化に成功しています。
カブトガニの人工孵化は非常に珍しく、そのことは新聞にも取り上げられました。
さかなクンは「水槽が狭くてかわいそうだなあ」と思い、決まった時間にカブトガニを外に出していたら、カブトガニが潮の満ち引きと勘違いしたのが原因とのことです。
1993年高校3年生の時に、テレビ東京系の番組『TVチャンピオン』の「第3回全国魚通選手権」で準優勝しました。
その後5連覇を達成し、殿堂入りし、それからはゲスト出演しています。
現在の芸名の「さかなクン」は同番組のレポーターだった中村有志氏が名づけたものです。
東京海洋大学入学を目指しましたが願いが叶わず、日本動物植物専門学院アニマルケアー科(現在は廃校)に進みました。
専門学校卒業後は、水族館や観賞魚販売店など、魚に関係するアルバイトを転々とし、寿司屋で働いていた時、店内で魚のイラストを描いたところ、それらを見た他の店舗や企業から絵の依頼が舞い込むようになりました。
アルバイトをしながら兼業イラストレーターとして活動を始めます。
テレビのドキュメンタリー番組に出演したことで、株式会社アナン・インターナショナル会長の目に留まり、水族館での絵の展示などをサポートしてもらえるようになりました。
それ以降、魚専門のサイエンスライターとしても活動しています。
『TVチャンピオン』で優勝し、「さかなクン」の芸名がつきました。
そんなさかなクンの気になる年収を徹底調査しました!!
■プロフィール
本名:宮澤正之(みやざわまさゆき)
愛称:さかなクン、さかなチャン、博士
生年月日:1975年8月6日
出身地:東京都出身
血液型:A型
職業:魚類学者、タレント、イラストレーター
■クニマスの再発見に大きな貢献!
2006年、東京海洋大学客員准教授に就任。
小学校の時に卒業文集に水産大学の先生になることが夢と書いたことが叶ったと言えます。
2010年には京都大学依頼でクニマスのイラスト執筆を担当した際、参考のために近縁種のヒメマスを全国から取り寄せたところ、このうち西湖の個体にクニマスに似た特徴をもつものを見つけ、中坊徹次教授にに送りました。
このことがきっかけとなり、田沢湖のクニマスが西湖で生存していることが判明。
絶滅種とされていたクニマスの再発見に大きく貢献しました。
上皇さまも、中坊教授とさかなクンの功績を称え、70年ぶりに見つかったクニマスのことを「奇跡の魚(うお)」と表現されました。
クニマスはかつて秋田県の田沢湖にのみ生息していた固有種です。
水力発電用のダム建設により田沢湖の水質が急速に酸性化し、1940年代に絶滅したとみられていました。
なぜ、田沢湖固有のクニマスが西湖で見つかったかというと、1935年に田沢湖から送られた受精卵を放流していたから。
以前から西湖では、「クロマス」と呼ばれ知られていたそう。
それが「クニマス」だとは誰も思わなかったという。
田沢湖観光協会は、国や県と協力して水質改善を進めるなどして、将来的にクニマスを田沢湖に戻す計画を立てています。
今では西湖に約1万匹のクニマスが生息。
富士山の地下水が流れ込み水温が低く、環境が適しているのです。
さかなクンはまた海に関する研究や啓蒙活動に貢献した「海洋立国推進功労者」として、2012年7月13日に内閣総理大臣賞を受賞。
2015年3月18日に東京海洋大学から名誉博士の称号が授与されました。
2015年12月25日に“渚の駅”たてやまの名誉駅長に就任、さかなクンギャラリーが渚の博物館内1階に開設されました。
■興味のあることはとことんやらせるお母さんの教育方針!
さかなクンの好奇心を押さえつけず、しっかりと認めてくれていたお母さん。
子供が「何かに興味を持ち、それを探求することは素晴らしいこと」という姿勢でした。
さかなクンが子供の頃、突然「ウマヅラハギを家で飼ってみたい」と思い、お母さんに頼んで鮮魚店に連れて行ってもらい、ウマヅラハギを購入しようとしました。
「表で泳いでいるウマヅラハギをください。」
しかし、しばらくすると、板前さんがウマヅラハギの姿造りを持ってきました。
飼育するとは思わなかった板前さんがウマヅラハギをさばいて持ってきたのです。
このような時も、黙ってみていたお母さん。
「失敗することの大切さを、身をもって学んでもらいたかったのかもしれません。」とさかなクンは語っています。
さかなクンのお母さんは、「失敗しても叱らない」という姿勢を一貫して取っていたようです。
さかなクンは、畳の部屋に水槽10個を置いていました。
畳に直接置いたために畳が黒ずんで腐ってしまいました。
そんな時もお母さんは「水槽って畳に置いちゃダメだったのね。」とケロッとして言うだけだったそうです。
失敗して叱ると子供が委縮して次からためらうようになりますが、さかなクンのお母さんは「好きならとことんやりなさい。」というスタンスだったので助かったとさかなクンは言っています。
学校の勉強よりも、魚を調べたり、魚を描いたりすることに夢中だったさかなクンのことを、学校の先生が「お宅の息子さんは問題児ですね。」と言ったそう。
それでもさかなクンのお母さんは「魚が好きだからいい」と、考えを変えなかったとのことです。
さかなクンが短大卒業後に定職に就かず、親戚から心配する声が聞こえた時も、常に息子を信じて応援してくれたといいます。
今のさかなクンがあるのは、お母さんの温かい見守りがあったからなのですね。
さかなクンは、メディアに登場する時は、ハコフグのぬいぐるみ帽子をかぶっていることが多いです。
これは2001年の『どうぶつ奇想天外!』に出演した際の伊豆の海に潜るロケでかぶったのが最初で、同番組のディレクターから「印象が薄い」と言われたことがきっかけでした。
子供の頃に魚屋の水槽でハコフグが他の魚に迫害されながらも懸命に泳いでいた姿に心打たれたことを思い出し、「ハコフグに元気をもらおう」と考えました。
■さかなクンの年収は?
さかなクンの年収はどのくらいなのしょうか?
40代の大学の准教授の平均年収は
869万円。
さかなクンは次のような役職があります。
現在の役職
東京海洋大学客員准教授(2006年)→名誉博士(2015年)
特定非営利活動法人自然のめぐみ教室海のめぐみ教室室長
お魚らいふコーディネーター
農林水産省 お魚大使
環境省「環のくらし応援団」メンバー
JF(全国漁業協同組合連合会)魚食普及委員
千葉県立安房博物館客員研究員
千葉県館山市「ふるさと親善大使」第一号
「よしもとおもしろ水族館」研究員(神奈川県横浜市中区、横浜中華街)
新潟おさかな大使(新潟県)
文部科学省・平成23年版科学技術白書表紙絵・デザインコンクール審査委員
日本ユネスコ国内委員会広報大使
明石たこ大使(明石市)
山陰海岸学習館ギョギョバイザー(鳥取県)
なぶら親善大使(静岡県御前崎市)
宮古島海の親善大使(沖縄県)
“渚の駅”たてやま名誉駅長(千葉県館山市)
小笠原諸島PR大使
准教授の年収に加えて、他にも収入があると思われ、推定年収は
1500-2000万円と言われています。
■まとめ
いかがでしたか?
さかなクンは子供の頃から大好きな魚のことをとことん調べて描いて、夢中になってやっていたことが大人になって実を結びましたね。
子供の好きなことを思う存分に伸ばして育てたさかなクンのお母さんの教育方法がためになりました。
失敗しても叱られたことのないからこそ、さかなクンのあの無邪気さがあるだと思いました。
さかなのことを楽しくわかりやすく教えてくれるさかなクンのことをこれからも応援していきたいです!
(出典 ウィキペディア)
(出典 grape)
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