松田聖子の年収は?夏のコンサートが凄い!過去最大?ディナーショーの女王がやばすぎる!?


松田聖子さんは1962年3月10日福岡県久留米市荒木町に生まれました。

お父さんは社会保険事務所に勤務の公務員。

お母さんは庄屋出身で、お母さんの姉が院長婦人だった高良台病院で出産しましたが、難産でした。

生家は柳川城の城主だった蒲池氏第16代蒲池鑑盛の三男、蒲池統安の子孫。

江戸時代は柳川藩家老格だった旧家です。

幼少期は太っていた松田聖子さんは「ブタまんじゅう」と呼ばれていたそうです。

久留米市立荒木中学校に入学しテニス部に所属していました。

1977年4月8日カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入学。

キリスト教研究部に入部し、聖書の勉強に熱心でした。

行事の度に皆の前で聖書を読む「女神」という役職に選出されています。

大ファンだった郷ひろみさんのコンサートが福岡で行われるたびに見に行き、その頃から歌手に憧れるようになりました。

1978年CBSソニーと集英社主催の「ミス・セブンティーンコンテスト」九州地区大会で優勝。

CBSソニー制作部若松宗雄氏にスカウトされ、その紹介で東京音楽学院九州校に通うようになります。

1979年若松氏の導きによりサンミュージックプロダクションのオーディションを受けるため上京。

社長や男性社員はピンとこなかったが、直接歌唱を聴いた女性幹部社員に推されて合格。

同プロダクションと契約。

1979年7月高校を中退し、歌手デビューのために上京して堀越高等学校に転入。

松田聖子をいう名前をつけられます。

コンサートやディナーショーの売り上げが凄い!
そんな松田聖子さんの気になる年収を徹底調査しました!!




■プロフィール





出生名:蒲池法子(かまちのりこ)
生年月日:1962年3月10日
出身地:福岡県久留米市荒木町出身
血液型:A型
職業:歌手、シンガーソングライター、女優
活動期間:1980年~


■「裸足の季節」でデビュー、「聖子ちゃんカット」が大流行!





1979年資生堂の洗顔クリーム「エクボ」のCMモデルのオーディションを受けるもエクボが出ず不合格。

1980年2月資生堂の洗顔クリーム「エクボ」のCMイメージソングの歌唱起用が決定。

同年4月1日「エクボ」のCMイメージソング「裸足の季節」で歌手デビュー。

4月13日NHK総合『レッツゴーヤング』サンデーズのメンバーとしてレギュラー出演開始。

同年9月18日「青い珊瑚礁」でTBSの『ザ・ベストテン』の第1位獲得。

同年12月「青い珊瑚礁」で第22回日本レコード大賞新人賞を受賞。

弟31回NHK紅白歌合戦に初出場。

「聖子ちゃんカット」と呼ばれるヘアスタイルが大流行。

1981年初主演映画『野菊の墓』公開。

1982年8枚目シングル「赤いスイートピー」発売。

1985年1月23日交際を公にしていた郷ひろみさんとの破局について会見を行いました。

同年6月24日神田正輝さんと東京都目黒区サレジオ教会で結婚。

1986年10月1日長女神田沙也加さんを東京飯田橋の東京逓信病院で出産。

1987年結婚出産後もアイドル人気は衰えず、ママになったアイドルの意味の「ママドル」と呼ばれました。

1996年シングル「あなたに逢いたくて~Missing You~」が8年ぶりのオリコンチャート1位、売上げ110万枚のミリオンセラー、松田聖子さんの最大のヒットとなりました。

3曲目の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」までの24曲がシングルチャート連続1位を記録しています。



■海外にも進出!作詞作曲も手掛ける





松田聖子さんは海外にも進出しています。

1985年に「DANCING SHOES」で海外進出しました。

1990年にはシングル「All the way to Heaven」「THE RIGHT COMBINATION」などを海外発表し、「THE RIGHT COMBINATION」はカナダで2位とヒット。

1990年代からは作詞は自分で行い、新しい聖子ワールドを展開。

32枚目のシングル「きっと、また逢える…」以降は作詞だけでなく作曲も自ら取り組むようになりました。

1992年のアルバム『1992Nouvelle Vague』から1998年のアルバム『Forever』までの6枚はセルフ・プロデュース全曲作詞作曲(作曲の多くは小倉良さんとの共作)が基本となりヒットさせました。

1999年のアルバム『永遠の少女』では11年ぶりに作詞を松本隆さんが担当し作曲も松田聖子さん以外の作曲家の作品となりました。

2011年には竹内まりやさん作詞作曲のシングル「特別な恋人」がオリコンチャート14位に。

2015年にはデビュー35周年のシングルとして松本隆さんと呉田軽穂(松任谷由実)さんのコンビによる「永遠のもっと果てまで/惑星になりたい」が発売されてチャート11位に。

2016年にはYOSHIKI作詞作曲のシングル「薔薇のように咲いて 桜のように散って」がチャート6位のヒットになりました。

(出典 松田聖子オフィシャルサイト)
(出典 ウィキペディア)

■松田聖子さんの年収は?





松田聖子さんの年収は3億円と言われています。

テレビ出演は減っていますが、夏のコンサートや冬のディナーショーで稼いでいるようです。

日経エンタテインメントの調べでは、クリスマスのディナーショーの本数最多が松田聖子さんの
23本。

ディナーショーのチケットは5万円くらい、ビルボードライブ東京で行うライブチケットがなんと8万9500円とのことです。

ギャラがCMが2800万円、映画が1000万円、ディナーショーが2000万だそうです。

さすがディナーショーの女王と呼ばれるくらいで、ディナーショーのチケットの代金も相当なものですね。



■まとめ





いかがでしたか?

私も若い頃は聖子ちゃんカットをしていました。

ディナーショーの売れ行きを見るとあの頃のアイドル人気は今も健在といったところでしょうか。

50歳の年齢を過ぎてもまだ聖子ちゃんワールドを保っているそのピチピチとした若さと美しさに脱帽です。

これからのますますのご活躍をお祈りしています。

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