藤井フミヤの年収は?妻は一般人で中学生の同級生!?息子はフジテレビのアナウンサー?


藤井フミヤさんは1962年7月11日に、福岡県久留米市で、国鉄職員のお父さんと美容師のお母さんのもとに第1子として生まれています。

お父さんは鳥栖駅長などを歴任しています。

弟は元チェッカーズのサックスプレイヤーでミュージシャンの藤井尚之さん。

息子はフジテレビアナウンサーの藤井弘輝さん。

藤井さんは久留米市立南筑高等学校を卒業後、日本国有鉄道門司鉄道管理局(現:九州旅客鉄道)に就職し、早岐駅輸送係として貨物列車の操車・入喚業務に従事していました。

休日には地元に帰りチェッカーズとしてバンド活動を行っていました。

「ヤマハライトミュージックコンテスト」のジュニアライト部門でグランプリを獲得し、メジャーデビュー。

1983年にチェッカーズのリードボーカルとしてデビュー。

オリジナル作品をシングルとして発表してからほとんどの作詞を担当。

中学1年の時、矢沢永吉率いるロックバンド「キャロル」の解散コンサートを見て「俺も!ロックンロールだ!」と音楽の道を進んだという藤井フミヤさん。

1983年のデビュー曲「ギザギザ-」には「小っちゃな頃から悪ガキで 15で不良と呼ばれたよ」という歌詞があるが、自身は「(15で)立派な不良でした」と語っています。

「やんちゃでしたね、いわゆる不良グループでした」と振り返りました。

 高校入学後、3日ぐらいで「無期停学になりましたよ。放課後、先輩のバイクを借りて、無免許で外にブ~ン、と行ったら、パトカーにつかまって」と悪ガキぶりを告白しています。

1992年チェッカーズ解散。

1993年から藤井郁弥改め藤井フミヤとしてソロ活動を開始。




国鉄職員からチェッカーズデビュー! そんな藤井フミヤさんの気になる年収を徹底調査しました!!




■プロフィール





本名:藤井郁弥(ふじい ふみや)
生年月日:1962年7月11日
出身地:福岡県久留米市出身
血液型:A型
職業:歌手、ミュージシャン、シンガーソングライター、ボーカリスト、俳優、作詞家、作曲家、CGアーティスト、プロデューサー
活動期間:1983年~



■音楽ばかりでなく、デザインでも才能発揮!





藤井フミヤさんは、地元ふるさとのためにも活動しています。

出身地福岡県久留米市のために久留米市歌「ふるさとのささやき」を作曲しています。

またくるめ市民カードのデザイン、福岡放送のロゴマーク作成、母校久留米南筑高校の制服のデザインも手がけています。

藤井さんは地元福岡県のプロ野球球団福岡ソフトバンクホークスのファンで、応援歌『勝利の空へ』を手がけ、毎年開幕頃に生で歌っています。

(負けた時は観戦のみ。)

また1997年10月1日開局の鹿児島県初のコミュニティーFMの鹿児島シティエフエムの愛称「FRIENDS FM 762」と名づけました。

そして取締役にも就任しています。

2007年に第62回神宮式年遷宮の奉賛曲『鎮守の里』を作詞、作曲。

伊勢市に3日間滞在し、宇治橋のそばの五十鈴川の河原で作曲しています。

3日間で作曲してしまうなんて、なんという才能なのでしょう。デザインもできるなんてすごいですね。

2009年7月22日の日食を見に行くために屋久島へ行ったところ、大分前から準備していたにも関わらず曇りで直接見ることはできませんでした。

しかし屋久島環境保全のための修繕費用として売り上げの一部が寄付される「屋久島Tシャツ」をデザインしています。

また『ナインティナインのオールナイトニッポン』のノベルティ「ナイナイバッジ」と「ステッカー」のデザインを手掛けています。

藤井さんが番組に出演した時にコンピューターグラフィックスでのデザイン制作に興味を持っていると話をしたところ、ナイナイの二人が「作ってください」と頼んだところ、 実際に作ってきたのが採用されたとのこと。

■妻は、中学校の時の同級生!遠距離恋愛を成就





藤井フミヤさんは1990年6月29日に「とわたり まちこ」さんという一般女性と結婚しています。

中学校の同級生でした。

奥さんの実家は地元で大きな書店を営んでいて、まちこさんは「お嬢さま」だったそうです。

当時藤井さんは不良少年だったため、奥さんのお父さんから付き合いを猛反対されたとのことです。

そこで手先の器用は藤井さんは、正月に「芋版」を作り年賀状を奥さんの実家に送りました。

そのことがきっかけでお父さんが付き合いを認めるようになったそうです。

高校卒業後は、社会人になり奥さんは東京へ行き、藤井さんは福岡で国鉄職員として働いていたため遠距離恋愛になりました。

藤井フミヤさんはこの当時の事について『毎日列車を見ながら、「この列車に飛び乗って、まちこに会いに行けたらなぁ。」と思っていました。』と話していたそうです。

チェカーズがヤマハのコンテストでグランプリを取り、デビューしたことで同じ東京へ行くことができました。

結婚の記者会見で、「藤井フミヤのどこが好きか?」と訊ねられた時に、藤井さんが「全部とか言えよ。」と促したため、 奥さんも「全部です。」と言ったというほほえましいエピソードがあります。



■藤井フミヤさんの年収は?





藤井フミヤさんの年収はどのくらいなのでしょうか?

噂では、その生涯所得は40億円くらいと言われています。

本当でしょうか?

2004年の推定年収は2億8222万円です。

藤井フミヤさんは1993年のソロ活動を始めてから、毎年ライブ、コンサートを行っていますが、 これだけ稼いだらもう働かなくても大丈夫でしょうね。(笑)



■まとめ





いかがでしたか?

中学生の頃から不良と言われて奥さんのお父さんに付き合いを反対されたにも関わらず、熱心に口説いて実を結びました。

素敵な奥さんができて良かったですね。

若い頃のことが歌の歌詞にも盛り込まれ、面白い曲ができました。

青春の時の若さが、チェッカーズの大きな魅力となっていたようです。

たくさんのファンを魅了し続ける藤井フミヤさん。

これからもますますのご活躍お祈りしています。

(出典 ウィキペディア) (出典 ライブドアニュース)

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