ダウン症女流書家・金澤翔子の年収は?10歳で才能開花?!発揮された才能と『涙の般若心経』とは?!現在は一人暮らしをしているって本当?!


度々「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」という番組で出演し話題になっている、 ダウン症書家・金澤翔子さん。

ダウン症というハンデがありながら、母親・泰子さんと共にハンデを乗り越え、現在ではトップ女流書道家として活躍されています。

見るものを圧倒するその力強い筆さばきは圧巻です!

翔子さんはハンデを持っているのにも関わらず、書家として立派に収入を作り出し、これまでダウン症では難しいとされてきた一人暮らしまでされていているようですよ!

今回はそんなダウン症書家・金澤翔子さんの気になる年収を徹底調査しました!!



■プロフィール





本名:金澤翔子(かなざわ しょうこ)
生年月日:1985年6月12日(2020年1月現在34歳)
出身地:東京都目黒区


金澤翔子さんのご両親は父の裕さんと母の泰子さんです。

父・裕さんのご実家は金持ちで、その家業の貿易会社を継ぎ、さらにいくつも会社を経営していました。

そんな一家の大黒柱だった裕さんですが、52歳のとき(翔子さんは当時14歳)に心臓発作で倒れそのまま他界してしまいます。

母・泰子さんは昭和18年(1943年)生まれで現在77歳(2020年現在)です。

泰子さんのご実家もお手伝いさんがいるくらい裕福で、父親はJR(当時の国鉄)の駅長、母親は慶応大学の医学部を卒業しており、泰子さんも明治大学を卒業しています。

そんな泰子さんは、42歳と高齢出産で翔子さんを出産しました。

これまで2度の流産を得て授かった翔子さんなのですが、新生児のときに敗血症にかかり、その後ダウン症と診断されました。

その時医者には「知能もなく一生歩く事も出来ないかもしれない」と言われたとのことです。

そのショックから、泰子さんは翔子さんと共に死のうとまで考えてましたが、夫の裕さんの熱心な想いと泰子さんの成長を見ることで思いとどまりました。



泰子さんはダウン症があると知りつつも、障害のない子と同じように育てようとしましたが、 習い事ではやはり他の事差が出てしまうことと、競争が好きでないことに気づきます。

かけっこなども他の子を負かすと可哀想だからと速く走ろうとしなかったそうです。

そこで、書道をしていた母・泰子さんは、自分の世界に入ることのできる書道を習わせることにしました。

自宅で書道教室を始めたそうです。

翔子さんが5歳の時でした。

これが彼女の人生の転機となったのです。



■10歳で才能開花?!発揮された才能と『涙の般若心経』とは?!





小学生になった頃には、たくさんお友達ができ、とても元気で楽しそうな日々を過ごしていた金澤翔子さん。

小学校4年生の頃に特別支援学級のある学校に転校することになったのだそうです。

それまで学校でも楽しく過ごしていた金澤翔子さんは、たくさんできたお友達とも離れなければならなくなり、一時学校に行けなくなったそうです。

このままではいけないと思った泰子さんが仏教の精髄である276文字のお経「般若心経」を書かせることを思いたちました。

ダウン症というハンデがあった翔子さんにとって書道をすることは人並み以上に困難でしたが、泰子さんは諦めを許すことなく指導し、翔子さんは何度も間違え、何度も泣きながら練習していました。

母親に怒られながらも懸命に字を書き続け、10歳の時に作品「涙の般若心経」を作り上げました。

「涙の般若心経」↓↓

5歳で始めた書道でしたが、 般若心経を書いた頃から彼女の書道の才能は徐々に頭角を現し、 1995年、10歳の時に全日本学生書道連盟展に「花」を初出品した後、 1999年、日本学生書道文化連盟展に「龍」を出品し銀賞を受賞をし、その後も出品した作品は数々の賞を受賞します。

2001年には「舎利札」を出品し、学生書道としては最高位である金賞を受賞します!

その後も、様々な賞をもらい、現在は大河ドラマ平清盛の書を担当したり、自身の美術館や、お寺に作品を奉納、個展を開くなど精力的に活躍されています!

書道とは全く無縁の筆者ですが、お寺に奉納された書「風神雷神」は鳥肌立つくらい、とてつもない迫力を感じました!



普段はおおらかで優しい金澤翔子さんからは想像できない、力強い書の数々・・・。

天職とはまさにこのことなのでしょう。



■金澤翔子の年収は?





テレビや個展、書の依頼や奉納など、おびただしい量の仕事をこなす金澤翔子さん。

翔子さんの収入はどれくらいあるのでしょうか?

お寺に奉納した書やNHKの大河ドラマのタイトルを書いた書は相当な金額で取引されたのではないでしょうか?

ちなみに金澤翔子さんの「共に生きる」と書いた自筆作品が美術サイトで、378,000円で販売されていました。

もちろんサイズや言葉にもよるのでしょうが、やはり金沢翔子さんの自筆作品は決して安くは手に入らないようですね!

1つの作品にこれだけの高値が付くということは 書道家としての収入だけで十分生活していけるレベルであることは間違いなさそうです!

イベントに呼ばれている数等を踏まえても、軽く見積もっても、1,000万円はもらっていそうです!

まず、書道家の年収ですが、書道教室などを開いている書道家の場合は平均で200万円~600万円だそうです。

学校で書道の先生をしている場合は年収は60万円~120万円が平均とされています。

有名な書道家で300名ほどの生徒がおり書籍も出している武田双雲さんの年収は、約6,480万円と言われています!

金澤翔子さんはというと、年収の公表はされてません。

しかし、有名な書道家の平均としては、1260万円~1360万円になることから、金澤翔子さんは美術館もあり書籍もあり、作品も高額で取引されていることから、有名書道家の2倍以上はあるのではないでしょうか。

ということで、金澤翔子さんの推定年収は・・・2,000万円~4,000万円!という結果になりました!

翔子さんの活動の幅の広さ、高度な技術や感性からしても、もしかするとこの年収では安いのでは?と思うのは筆者だけでしょうか?



■金澤翔子さんの現在は?





金澤翔子さんはアメリカ、ニューヨークの国連本部で「30歳になったら一人暮らしをする」と全世界に向けて高々と宣言した翔子さんは、それを実行し、既に今年で4年目を迎えています。

一人暮らしの場所は大田区の久が原で、コンクリート打ちっぱなしのおしゃれなマンションのようです。

世間一般的には、自分の子供が障がい持ちであった場合、自立して一人暮らしさせる事には不安がある人が多いでしょうし、一人暮らし自体できない場合が多いようです。

それでも翔子さんの今回の自立は母泰子さんが”自分が死んだ後、翔子は一人で生きていかなければならないから”と、翔子さんの今後の事を考えての決心でした。

心配は的中し、一人暮らしを始めたばかりのときは、電気に対してお金がかかるのが理解できず、料金未払いで電気を止められたり、郵便受けの暗証番号を忘れてしまったりしたそうです。

しかし実家と至近距離にあるマンションなので、なにかあれば母親が駆けつけてくれるようで、作品の制作は母親の経営する書道教室で行うなど、毎日顔を合わせているようですね。

料理を作ると白い棚の上に置かれた父・裕さんの遺影に供え、そして「お父さま、一緒に食べましょう。いつも天国から見守ってくれてありがとう」と語りかけながら目を閉じ、手を合わせる翔子さん。

一人暮らしとはいえ、いつどんな時でも翔子さんは父親を近くに感じているようです。

また、翔子さんの部屋には、母・泰子さんとの三つの約束である「おかたづけ」「寝る時間」「やせる」と書いた紙が貼られています。

一人暮らしでだらしない生活にならないように常に心がけてもらいたい母・泰子さんの願いなようですね!

それにしても、痩せるってw

着物姿で凛とした泰子さんですが、意外とお茶目なんですね!

翔子さんは今ではタブレットやパソコンも使いこなせるようになり、1人で買い物をすれば街の人から暖かい声がかかるなど、当初は1週間で帰ってくるのではないかと思っていた母泰子さんの心配をよそに、翔子さんは思いの外、謳歌しているようです!



■まとめ





いかがでしたか?

ダウン症というハンデを持ちながら、翔子さん自身の並々ならぬ努力と、母親の献身的な支えにより、翔子さんはハンデを乗り越え、収入面でも暮らし方でも今や立派に自立しています。

金澤翔子さんの生き方は多くの人の励みになり、支えになっていることでしょう!

そんな翔子さんにはこれからも書家として頑張って欲しいですね!

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