秋元康の年収は?これまでに売った作詞CD枚数は前人未踏の1億枚?!実はあの名曲も秋元康の手掛けたものだった?!


今やアイドル製造機といえば総合プロデューサーである秋元康さんといって過言ではないでしょう!

その他にも放送作家や音楽プロデューサーなどたくさんの顔を持つ秋元康さんですが、年収や総資産がとんでもないことになっているというのです!

そこで今回は秋元康さんの気になる年収を徹底調査しました!!



■プロフィール





名前:秋元康(あきもと やすし)
誕生日:1958年5月2日(2020年1月8日現在61歳)
出身地:東京都目黒区
職業:作詞家 放送作家
家族構成:高井麻巳子さんと結婚(元おニャン子クラブのメンバー) 事務所:株式会社秋元康事務所

  秋元康さんはサラリーマン家庭の2人兄弟の長男として生まれました。

高校進学の際には親の勧めもあり中央大学附属高等学校に入学します。

高校2年生の時、東大受験に向け受験勉強を始めたそうですが、大半の生徒が中央大学に内部進学するという環境から勉強に本腰は入れられずにいたそうです。

そんな勉強に集中できずにいた高校2年生の冬の夜、ニッポン放送へ「せんだみつお」を主人公とした『平家物語』のパロディを受験勉強用に用意したノートに20枚にわたり書き、ニッポン放送へ送ったところ、転機が訪れます。

そのノートがのちにニッポン放送の社長となる社員の亀渕昭信氏と、大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属していた奥山侊伸氏の目に留まり、ニッポン放送に出入りするうちに奥山氏の弟子となった秋元康さんは同グループに所属することになりました。

中央大学文学部入学後、放送作家として活動を始めた当初は放送作家をアルバイトと考えていた秋元康さんですが、この時すでに当時のサラリーマンの4倍近い収入を放送作家業によって得ていたそうです!

しかし、本人はそれを「あぶく銭」とし、「思えば、道草から始まった人生」と自身は回想しています。

サラリーマンの4倍の年収があぶく銭って、感性がやはり人とは違うようですねw その後、放送作家業に物足りなさを感じていたこと、放送作家という職業の将来性に不安を感じ、作詞を手掛けるようになりました。

有名アーティストの作詞を手掛けるようになり、秋元康の作詞家として不動の位置を手にすることに・・。

2005年には『秋葉原48プロジェクト』を発足。東京・秋葉原で女性アイドルグループ「AKB48」を立ち上げ、総合プロデューサーに就任しました。

AKB48劇場を拠点に、AKB48は専用劇場で毎日公演を行う「会いに行けるアイドル」を標榜しました。

当時の秋葉原は、社会現象を巻き起こしていた書籍・ドラマ・映画『電車男』において描かれた「美少女アニメ・ゲーム」「メイド喫茶」「リュックサックを背負ったオタク男性」のイメージで認識されていたため、AKB48も「アキバの萌えアイドル」といった地下アイドル的な位置付けでした。

しかし10thシングルから徐々に一般の人気を上げ、2010年以降はシングルCDにおいて100万枚を超える売り上げを記録!


2010年初頭には「将来は国内7大都市に劇場を建て、選抜メンバーでJAPAN48を作りたい」と語り、実際に国内外にAKB48の姉妹グループを設立しています。

■秋元康の年収がずば抜けていた!!





結果からいうと、秋元康さんは2011年の時点で推定年収がなんと・・50億円以上!!という驚愕のものでした!!

とはいえ、実はこの50億円というのは単なる噂に過ぎません。

2011年に国税庁がまとめた確定申告の情報で、年収が50~100億円の「文筆・作曲・美術家」が一人だけいたそうです。

2011年と言えば、AKB48が「フライングゲット」「ヘビーローテーション」「ポニーテールとシュシュ」などの大ヒット曲を連発して日本ゴールドディスク大賞を獲得した年でした。

そのAKB48の曲のほとんどを秋元康さんが手掛けているため、作詞の印税だけでもかなりの収入が予想できますよね!

これが『秋元康さんではないか??』と言われた所以です。

長者番付が公表されていた2000年の頃に秋元康さんは納税額が2億円、推定年収が5億6900万円でした。

この金額でも納税額は文化人の中で1位でした。

2011年の『年収50億円以上』の人物が秋元康さんで間違いがなければ約10倍の伸びを見せたことになります!

ちなみに国税庁の調査では、2011年までの2年間は「文筆・作曲・美術家」のカテゴリーには、年収10億円から20億円の人がせいぜい1人いる程度だったそうです。

2011年も年収10億円までのゾーンが1人いたようで、これは村上春樹さんではないかという噂です。

そして20億円から50億円の年収の人は1人もいなかったのにも関わらず、いきなり50億円から100億円に1人いたの訳なので、この年収がどれだけずば抜けていたのかがわかりますよね!

社会現象を巻き起こしたAKBグループがスタートしたのは2005年ですので年収が10倍になっていても何ら不思議はありません。

当時他に50億円を達成できる文化人がこの当時秋元康さん以外には見当たらないのです!

AKBの大ヒットにより、爆発的なCDの売上やAKBパチンコ台の導入がなされ、2012年の秋元康さんの推定年収はなんと100億円を超えているのではないかといわれています。

そして、2015年12月8日には秋元康さんの作詞シングル総売上枚数が前人未踏の1億枚の大台を突破したそうです!

もう訳が分からないですねw

あれから数年、世界中にアイドルグループを立ち上げている2020年現在、秋元康さんの資産は数百億円を軽く超えているのではないでしょうか?



■秋元康の年収がここまですごい理由は??実はあの名曲も秋元康の手掛けたものだった?!





秋元康さんがここまで大金持ちになることができた理由は、ひとえに類稀な『プロデュース力』です!

秋元康さん自身は仕掛け人ではないと説明していますが、実は1980年代に大ヒットしたおニャン子クラブも秋元康さんプロデュースです。

また国民的歌手で故・美空ひばりさんの「川の流れのように」(遺作)の作詞を担当し、これによって作詞家としての地位を不動のものにしましたそうです。

最近では2019年紅白歌合戦で美空ひばりさんをAI(人工知能)で復活させ、30年ぶりの新曲として12月18日に発売された「あれから」を披露しましたが、この作詞も秋元康さんが手掛けたものでした。

その他にも、小泉今日子さんの「なんてったってアイドル」やとんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」、稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」などの名曲もすべて秋元康さんが作詞したものです。

当時の大ヒットはもとより、現在でも国民に愛される名曲ばかりです!

最近では秋元康さんプロヂュースの「坂道グループ」として知られる、「乃木坂46」「欅坂46」の姉妹グループとして「日向坂46」がデビューしました。そのデビュー曲のタイトルは、な、なんと・・『キュン』!

作詞はもちろん秋元康さんですw

こちらが話題の日向坂46の『キュン』です↓↓

とてもとても、61歳の方が考えた作詞とは思えませんよねw

現在でも若い世代の心を掴む作詞を作ることができ、そうと思えば美空ひばりさんに作詞したように老若男女が心震える作詞を作ることができる唯一無二の秋元康さんの『プロデュース力』はどのようにして生まれたのでしょうか?

もともと、あまり寝ないんですよ。17歳で放送作家になってから、あまり変わっていないですが、多分今は3?4時間くらいだと思いますね。面白そうなことがあると、眠いというより起きていたい。

引用元:「分からないものが一番いい」――秋元康氏のAKB48プロデュース術

どうやら秋元康さんの『プロデュース力』は持って生まれた才能もあるようですが、人が寝ている時も常に自助努力を怠らなかった結果なようです・・。

お見逸れしました・・^^;



■まとめ





いかがでしたか?

やはり秋元康さんの年収と才能はずば抜けていましたね!

2020年5月には62歳となりますが、この抜きん出た才能と怠らない日々の努力で今後もアイドル製造機として若い世代に愛されるアイドルを世に輩出していくことでしょう!

今後の活躍も楽しみで仕方ありません!

コメント