デヴィ夫人の年収は?意外と知らないデヴィ夫人の衝撃の過去とは!!デヴィ夫人には逮捕歴があるって本当?!


現在、バラエティ番組などでタレントとして大活躍しているデヴィ夫人。

自由奔放なキャラクターと物怖じしない強烈な毒舌で老若男女から絶大な支持を誇っています!

現在で既に79歳と中々の高齢となっていますが、そんな老いは感じさせないバイタリティで日本のお茶の間に笑いを届けてくれています。

そんなデヴィ夫人、実は凄い豪邸に住んでいるのはご存知ですか?

一体何故彼女はそこまでお金持ちなのでしょうか?

今回はデヴィ夫人の経歴や年収、驚愕の資産を徹底調査しました!



■プロフィール




名前:デヴィ・スカルノ(Dewi Sukarno)
旧名(日本名):根本 七保子(ねもと なおこ)
誕生日:1940年2月6日(2019年11月現在79歳)
出身地:東京都
性別:女
血液型:A型
身長:159cm


東京府東京市麻布区霞町(現在の東京都港区西麻布)に生まれました。

父は麻布区霞町界隈の大工の棟梁を務め、弟が1人いました(八曾男さん)。

ハーフのような顔立ちから日本人だとは思っていない人も多そうなデヴィ夫人ですが、彼女は日本人の両親から生まれたれっきとした日本人なんです!

また、現在からは想像できませんが、家庭はあまり裕福ではなかったそうです。

1955年(昭和30年)、15歳の時、新東宝制作の映画『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』(白黒映画)にエキストラ出演します。

中学卒業後は、東京都立高校の定時制部に進学すると同時に、150倍の難関を突破して千代田生命保険(現・ジブラルタ生命保険)に入社しましたが、昼休みや休日にも貧しい家計を維持するため、喫茶店などでのアルバイトを掛け持ちする日々を送ったそうです。

1956年に父が亡くなった事に伴い高校を中退した後、赤坂の有名高級クラブ「コパカバーナ」で働くなど、その貧しさがうかがえます。

1959年(昭和34年)に転機が訪れます。

19歳のときに、インドネシアへの開発援助に伴い「東日貿易の秘書」という名目で、スカルノ大統領のもとに送り込まれたのです。

東西冷戦下にあったインドネシアにおいて、スカルノ大統領は日本外交や資金援助の取り付け等を特に重要視していました。

そのためインドネシアに渡って数年はスカルノ大統領の愛人の1人だったそうですが、昭和37年にスカルノ大統領と正式に結婚し第3夫人になったのだとか!

実はインドネシアはイスラム教が多く、男性は4人まで女性との婚姻が認められているそうです!

しかし、同時期にマスコミの執拗な取材により体調を崩していた母が亡くなり、更にその2日後、セールスマンに全財産を騙し取られたうえ、母の死に目に逢えなかった実弟の八曾男さんが、自宅アパートでガス自殺。

そして母親を失ったことを機に彼女はインドネシアへと国籍を移し『宝石の妖精』という意味の『ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ』に改名しました。

それから3年後の1965年9月30日にインドネシアでは軍事クーデター(9月30日事件)が起こり、スカルノ大統領が失脚が、代わりにスハルトが大統領となりました。

当時はデヴィ夫人を含むスカルノ元大統領の第2夫人以外の夫人は皆大統領のもとを離れ逃げ切ったといいます。

1967年(昭和42年)3月11日、都内病院にて娘のカリナさんを出産。

スカルノ大統領の8番目の子供です。

デヴィ夫人は政治的に亡命者に寛容なフランスを亡命先に選びます。

その後、当時のデヴィ夫人の美貌により、スカルノ元大統領存命中にも関わらず数回の婚約発表が取りざたされましたが、結局誰とも再婚はしませんでした。

※当時の美しすぎるデヴィ夫人の写真です!このお顔で純日本人だとは到底思えませんよね^^; スカルノ大統領死去後は、インドネシア政府の方針により、第3夫人としての遺産分与が行われたそうです。

その後、1980年(昭和55年)にはインドネシアへ戻り、石油関連事業を興します。

実際にはスカルノ体制崩壊とその後のスハルト政権成立により、インドネシアでの元大統領夫人としての外交的立場は失っていたそうです。

1991年(平成3年)にアメリカのニューヨークへと移住し、ここからインドネシアの第一線から退き、その後の政変や第1夫人・第2夫人を中心とした政治の動乱には巻き込まれることもなく、日本に帰国し、現在に至っているそうです。

現在のデヴィ夫人のバラエティ番組での活躍を見る限りではおよそ想像できない過去があるんですね・・。



■デヴィ夫人の年収や資産は?





以前、テレビ番組で、ニューヨークにある家賃相場200万円(月額)と言われる自宅が公開されました。

デヴィ夫人の金持ちエピソードはたくさんあり、有名なものでも「バリに別荘を持っている」「ニューヨークに不動産を持っている」「保有宝石の総額は10億円程度」という話もあります。

さらに、最近は頻繁にテレビで公開されていますが、渋谷区にある日本の自宅もそれだけで10億円以上というかなりの豪邸であることから、やはり彼女の資産は桁外れに多いことは間違いないと思います。

そんなデヴィ夫人の年収ですが、資産、年収についての情報は残念ながら一切得られませんでした・・・。

ただ、噂としては デヴィ夫人の総資産は30億~50億円ということでした!!

では、デヴィ夫人はどのようにこれだけの資産を築いたのでしょうか?

彼女の現在の収入源はタレント活動、講演活動、資産運用益、事業収入などのものがあるのではないかと言われています。

となると、デヴィ夫人は自らが代表取締役を務める『株式会社デヴィーナ・ソサエティ』という法人であったり、不動産による収入や、1980年に起業したインドネシアの石油関連事業などで資産が発生していたのではと予想されています。

石油事業で成功が実は一番大きいのではないでしょうか?

もちろん、彼女の資産の土台となっているのはスカルノ元大統領の遺産ではないかという意見も多く、その遺産から起業などで資産を増やした可能性もあります。

ちなみにデヴィ夫人は日本で40年以上「デヴィ夫人」として芸能界で活躍していますが、お金には困っていないということでギャラは激安なんだとか・・w

デヴィ夫人のようなインパクトがあり、強烈なタレントを激安で使えるのであれば多くの番組が彼女を使いたいと思うことでしょう。

事実、ネット上でも「デヴィ夫人は暇つぶしにバラエティに出ているように見える」などという意見もあるので、彼女自身バラエティ番組に出演することは仕事ではなく遊びだと思っていそうですw

というわけで、現在の芸能活動での収入は現在の資産形成にはあまり関係ないようです。

体を張って笑いを取って頑張っている芸人さんが愕然とする話ですよね。





■デヴィ夫人に逮捕歴がある?!





飄々としているデヴィ夫人ですが、実は逮捕歴があるというのです!

これは、1992年(平成4年)1月2日にアメリカ合衆国のスキー・リゾート地、コロラド州アスペンで、セルヒオ・オスメニャ第4代フィリピン大統領の孫娘のミニー・オスメニャ(Minnie Osmena)の顔をシャンパングラスで殴打し、37針縫う大けがを負わせてしまい、逮捕されたというものです。

この逮捕により、デヴィ夫人は禁固60日・罰金700ドルの実刑判決が出て、34日間収監されたといいます。

ちなみにこの暴行の動機は、数ヶ月前スペインのイビサ島でのパーティにて、ミニーが「フィリピン副大統領になる意志がある」と発表し、デヴィ夫人が吹き出したことから2人の関係が悪化したことによるものだそうです。

禁固されたデヴィ夫人ですが、後に「刑務所での生活は学生寮のようで楽しかった」と語っているようですw

デヴィ夫人の暴行事件はこれだけにはおさまらず、2014年1月、TBSのバラエティー番組の収録中に一般の女性出演者を平手打ちしたとしてトラブルとなったことがあるようです。

この女性は事前に番組スタッフから番組を盛り上げるように言われたためデヴィ夫人を挑発したところ、デヴィ夫人に顔を3回平手打ちされたというものです。その後女性の被害届提出を受けて、警視庁は暴行容疑で捜査を開始したそうです。

結末まではわかりませんでしたが、これは番組スタッフが問題ですよね・・。

このように、感情のままに行動してしまうデヴィ夫人ですが、裏を返せば嘘偽りなく真っ直ぐな心をお持ちなのでしょう!!



■まとめ





いががでしたか?

今の贅沢ぶりから反感を買うことも多いデヴィ夫人ですが、これまでの経歴や過去の状態を知ると贅沢していい人なのでは?と、反感など消えてしまうのは筆者だけでしょうか?w

もうすぐ80歳を迎える夫人、強烈なキャラゆえファンもアンチも多いのですが、これからも相変わらずお綺麗で元気な姿で日本のバラエティー番組などを盛り上げていってほしいですね。

日本中から愛されるデヴィ夫人の今後の活躍も期待しています!

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